贅沢な儀礼と夢のリスト

夜に、

缶コーヒーを買ってそれを飲むこと。

何かを思いながら。

 

私にとって少しの贅沢に分類分けされるから

日常的には行わない

少しの神聖な儀礼として捉えている

 

一日に

パフェとケーキの2つを味わう事

子供の頃の夢。

例えばカフェや喫茶店を梯子した時

いとも簡単にできてしまう

そのような年齢になったことを実感する

 

葛藤はあるけれども

これも日常的にすることではないし

また、できることでもないから

少しの贅沢として自分を甘やかす

 

子供の頃

大人になったらしてみたいこと

そういった夢みたいなリストがあって

 

それができる年齢になるまで

意外とあっという間だったかもしれない

すこしの罪悪感を覚えながら

大人になったら実現してみたかったこと

それらを満喫する

 

大人の年齢になったのだというノスタルジックさとともに

これからもわたしは生きていくのだろう

 

すこし背伸びしたお財布を買う

カフェで友達とお話しする

 

大人になったらできることは増えて楽しみも楽しみ方も増える

辛いことばかりじゃない

自由が増えるのが"大人”だと定義づけても良いのではないか

 

自分が自分のために作ったコーヒーを飲む

 

すこし遠くへドライブに行く

 

すこしの罪悪感を覚えながら

わたしは大人になっていく。

 

 

春の訪れとともに

忙しく余白のない日々を送っていたため投稿が久しくなってしまった。

最近少し心の余裕が出てきたため

文章を書きたいという気持ちが沸々と。

季節はもう、美しい春の頃。

かわいらしい桜の花びらや

小さくとも伊吹感じる小さな花々を見るのが嬉しい季節だ。

 

新年度も始まったところで

日々の生活を振り返り。

私の場合心の余裕がもろに体の症状として表れてしまうのが特徴であるという事が最近の気づきだ

 

美容室に訪れた際「最近疲れていますか?」と尋ねられたため

理由を尋ねたところ

「頭皮を見ると体の様子が一目瞭然なのですよ」

と教えてくれた。

 

目から鱗だった

髪の毛のハリや艶を感じなくなっていたため

ああ。疲れているな

くらいには思っていたのだけれども。

 

体調の変化というのは思ったより体に正直に表れるらしい

これまでの頑張りも含めて自分の体を労わってあげたいと思ったものだ

 

 

何者にもなれないことを知っている

自分が特別な何か何者かになれるかなんて

思ったことはない。

 

小さなころから秀でた特別な才も持ち合わせていない

何者かになれるかな

何者かになろうと努力してきたわけでもない。

 

ただ

今世の中で天才だとか

目覚ましい功績を残している人は少なくとも

幼いころから自身が好きだと、続けたいと思った何かに

ずっと何か一つに打ち込んできたのだという事

 

飽きっぽい私にとってはそれだけで尊敬する要素だ

 

ひとつのことと向き合うことはとてもしんどいことだと思うから

 

途中で投げ出さないだとか

自身と向き合い続けるだとか

 

ひとつのことに向き合うだけで

それだけで

それだけが難しい

 

1つのことに向き合い続ける人には人間力が備わっている

 

他者の失敗を許すことができる優しさだとか

それはそれは自身が超えてきた過去であったりするから

 

その先のものが見えているんだろうなと思う

 

同い年の藤井聡太さん

彼はきっと私の何倍もの経験を同じ生きてきた年数の中で経験してきたのだろう

 

彼に備わっている教養が素晴らしい

私の知らない言葉を平気で臆することなく世間に広めて人々をあっと言わせるそれも彼の才能

 

賢いという言葉だけじゃ足りない

聡明

穏やかでありながらどこかずっと先を見据えているようなあの雰囲気を私も纏いたいのだ

 

何物にもなれないことを知っているっから

ココから今から

自分の好きな何かで何かを成し遂げる

社会を変えていくような人間になりたいとそう思っている

 

自分は何物にもなれないのだという事を知っておく

ことが大事だと

記憶しない誰かが言っていた

その言葉は強く脳に残っている

 

何物にもなれないことを知っていて

その中でも何かを成し遂げようとする気概が大事であると

 

身近な人だけじゃなく

離れた遠い場所にいる人にも良い影響jを与えられるような社会人になりたい

 

何物にもなれないかもしれないけれど

何かは成し遂げるんだ絶対に

 

何物でもないことを知っておく

人に優しい人間になる

人のことばかり考えすぎない

ひとつのことに打ち込むことは苦しくて気持ちいい快感

何物にもなれなかったときの虚無感

何者にもならないと決めたあの夜

 

超えたいあの人

憧れているあの人

スポーツ選手は見ていてとても気持ちが良い

 

その迫力が努力量を物語っている

かっこいい

 

一歩先を行く

何かで一番を目指すこと

自分の夢や目標を

旅の目的地を決めるように決めておくこと

 

この世の中でどれだけの大人が夢や目標や気概を持って生きているんだろう

どれだけの人が自分の力で日本社会を良くしていきたいと思っているかな

 

目的をもって行動

行動しながら軌道修正。

音楽の力は国境を越えて。

今日は12月6日。

12月もあっというまに1週間が終わろうとしている。1年が過ぎ去るのは本当に早い。

1年間は長いように見えて実は本当にやることを決めてそこに向かわないと無駄な時間を浪費することにつながりかねない。

 

さて前置きはさておき本題に入ろう。

普段から頻繁にバスを利用するのだが(移動中は専ら読書or勉強)最近はインバウンドん需要がコロナ禍以前に戻りつつあることからたくさんの外国人の方をお見掛けする。

 

その日も座っていた座席の前に2人の外国人観光客の方が乗車された。

勉強の息抜き次いでに外を眺めようとふと顔を上げた時に、外国人観光客の方のスマホの壁紙が目に入った。

そこに映っていたのは、日本でも名を馳せる日本人のロックミュージシャンだった。

私自身もそのロックバンドが好きで中学生の時からよく聞いていた思い入れのあるバンドなのだが、まさかと驚いた。

 

スマートフォンのロック画面に設定するという事は相当好きだという事が伝わってくる。そのロックバンドが世界でも大活躍しているという事は伝聞でわかっていたつもりで、しかしいざ具体となって目の前でその事実を目撃した時にそのバンドの活躍ぶりを実感したのだ。

 

音楽は国境を超える、とはこのことなのだと体感することができ貴重な気づきとなった。

 

だから何か一つでもそのことについて語れと言われたれば2時間くらい喋ることができるような特別なスキを持っていれば国境や国籍を超えて分かり合うことができるのかもしれないな。

 

 

 

 

 

1人時間が好き

お題「人といるのが好き?1人が好き?」

お題に対して、自分の意見を述べてみる。

どっちも楽しいと感じる。でも私は1人時間がないと生きていけない人間。一人で思考にふけったり、知的探求を繰り返したり読書したり音楽聞いたり、自分を満たすただ一つの時間が好き。誰にも邪魔されたくない時間がある。

 

人とおしゃべりすることで新たな発見もあるし学びにもなるけど、悪意でないであろう発言の裏を読んでしまったり言葉のチョイスが気になってしまうから人と話している時は意識して会話に集中するという事をしないとワンテンポ位遅れてしまうんだよね。悩みではあるんだけど。。。

 

1人でいるときは何も気にせずにとことん考えるゲームすることができるからやっぱり一人の時間が好きかな私は。